桜界逸史

1・彼岸花
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どれだけそうしていただろうか


周りに見えるものは夜の闇を吸い込んで一層不気味にざわめく木々たち

ただそれだけなのだ

ただそれだけなのに、その少年はなにもない

ただ真っ暗な一点を見つめて動こうとしなかった

ただ真っ暗な、
母が消えて行った一点を…


離れる前に、少年の左頬には十字の傷がつけられた。

何度も、機械の様に何かを呟く母によって。

名前さえ忘れた母によって…

その傷の意味を知らない少年は、
自らの頬から流れる血にも気付かずに

無邪気に笑ってこう言った。


「かぁさん、今日のごはんはなぁに?」


かぁさん、と呼ばれたその女性は少年を無表情で見つめた後、取り繕ったように笑ってこう言った。


「今から用意するから…母さんが帰ってくるまで待っててね」


純粋な少年にはあまりにも残酷な、待っててねという言葉を置いて。


戻るつもりのない母は


少年を残し闇へと消えた…

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