雪うさぎがくれたもの(中編)




 雪は一晩中、やむことなく降り続いた。



 ネコ娘はパジャマの上にカーディガンを羽織ると窓際まで歩いていって、窓を押し開けた。――とたん、目の前に飛びこんできた光景に目を奪われてしまう。
 時刻は朝なのだから明るいのはあたり前なのだけれど、それはいつもよりも、もっともっと明るいものだ。広がる一面が、何も描かれていないキャンバスのように真っ白い。庭に植えられた木の枝にも、まるでケーキの生クリームのように、雪がのっている。そして、その雪に朝日があたって、キラキラと宝石のように輝やいていた。
 昨日までと同じ場所だというのが信じられない。



「きれー………」



 ネコ娘はほわん、と突如模様替えした雪の世界に、うっとりと見いってしまったが、やはり雪が降るくらいなのだから、寒さもまた厳しいものだった。
 ぶるりと生理的に身体が震えた。ネコ娘は慌てて窓を閉める。雪景色は綺麗だけど、やっぱり薄着じゃだめみたいだ。
 自分はネコ妖怪だ。寒さにひどく苦手なのは自覚しているがこんな素敵なことを楽しまず、部屋に閉じ籠もっているなんてもったいないではないか。
 そうと決まれば――行動あるのみだ。
 ネコ娘は暖かい服の用意を始めたのだった。





 いつもの見慣れたこの横丁も、ほんの少し変わるだけで別の街に見える。

 いつも買い物で歩く道も、店の屋根や入り口にも雪が降りかかっている。それを仲間達は、雪かきのスコップや自身の持ちうる術で除けたりと、忙しそうだ。ネコ娘は出会う仲間に朝の挨拶をしながら長屋を目指す。 「やあ、ネコ娘。君は朝から元気だねえ」 「寒いだろう。うちでゆっくりしてればいいのに」 そんな声をかけられたが、発する本人達もまた、どこか浮かれている気がするのは、彼女の気のせいだろうか。ネコ娘は何だか可笑しくて、その口元は穏やかな弧を描く。
 ――やがて目的の場所が見えてきて、彼女は足取りも軽やかに歩いていった。



     ●●●




「あら、ネコちゃん」

「おはよっ ろくちゃん、アマビエ」



 妖怪長屋の前にいたのはアマビエとろくろ首だった。
 アマビエは耳あてを、ろくろ首は綺麗な色のマフラーを巻いている。そのろくろ首が、ネコ娘にむかって弾んだ声で教えてくれた。
 ふふふ。
 それは心から嬉しそうな微笑で。



「このマフラーね 鶯尾さんから貰ったの」



 マフラーに鼻先まで埋めながら頬を染つつ、その時のことを思い出して、うっとりと浸るろくろ首。そんな彼女の横からアマビエがやれやれ、と頭(かぶり)をふる。「さっきから、ずうっとこんなんなんだよ。何とかしなよ、ネコ娘」「だってだって」 目の前で掛け合う二人を前に、ネコ娘は長い息をついた。
 ……なんていうか、いつも以上にろくちゃんが羨ましい。



「いいなあー……ろくちゃん。ほんとに幸せそうだよねえ」

「ネコ娘だって、鬼太郎にお願いして、何か貰えばいいんじゃないのかい?」

「やだ、アマビエったら。あの鬼太郎よ? ねえ、ネコちゃん―――って、あら?」

「どうしたのさ?」



 鬼太郎……


 そう小さく呟きながら黙ってしまった友人に、ろくろ首とアマビエは、はかったようなタイミングで不思議そうに顔を見合わせた。
 何かあったのか?
 明らかに何か落ち込んでしまったネコ娘に問えば、返ってきたのはたった一言。
 けれど、互いの恋話もできてしまう友人達が理解するのには、十分なものだった―――。




     ●●●





 ゲゲゲの森にネコ娘は来ていた――といっても鬼太郎のところではなくて。
 違う。本当は先ほど別れた友人達に後押しされて、覚悟を決めて彼に謝りに行こうとしたのだ。
 だけどやっぱり途中で足が止まってしまった。つくづく自分は能力だけでなく、心まで弱いのだろうか。
 はあ、とひとつ溜息をつきながらもネコ娘は森の中の開けた場所に足を踏み入れる。
 誰の足跡もまだついていない、真新しい雪の絨毯を踏みしめる。


 むぎゅ むぎゅ


 何ともいいがたい音が耳をくすぐる。
 やがてその中央辺りにやってくると、ネコ娘はその場にしゃがみこんだ。
 お婆に貸してもらった厚めの手袋にぎゅうっと雪をかき集めると、ネコ娘はその雪で遊び始めた。



「何、作ろーかな」



 ネコ娘は雪を弄んでいるうちに、自然と気持ちが浮上して、楽しくなる。
 そういえば。
 忘れていたけど、自分は元々この自然がもたらした贈り物を楽しもうと、暖かい部屋ではなくこの寒い外を選んで出てきたんだよね。
 なら今はただ楽しんでもいいんじゃないかな。
 そう思えると、ネコ娘は雪遊びに没頭していった。


 だから気づけなかった。
 彼女の背後から迫りくる気配に―――。




     ●●●





 鬼太郎は寒さのせいか、珍しく朝早く目覚めていた。
 それと同じくして父も床から出て、今は朝風呂を楽しんでいるのだが、今日はいつもと違っている。目玉の親父が雪見風呂を堪能したい、と息子に言ったので、考えた方法が簾をあげて、そこから雪景色を楽しむというものだった。
 一面の絶景を茶碗風呂から楽しむ父の傍で、鬼太郎は後方に手をつきつつ、胡座をかく。
 しばし同じように雪景色を眺めていた鬼太郎だったが、ふと懐かしい記憶が彼の中に蘇ってきた。



 ……そういえば 昔、ネコ娘と雪うさぎを作ったんだっけ……



 それはまだ本当に自分達が幼かった頃のこと。
 今よりもたくさんの雪が降って、僕と彼女はこのゲゲゲハウスの前で遊んでいた――今では僕が面倒くさがって、ごく稀になってしまったけれど。
 鬼太郎はひとり苦笑して。
 さらにその先を辿ってみようとしたが―――それは出来なかった。
 いや邪魔されたというべきだろうか。


「!!」

「ん?どうしたのじゃ、鬼太郎」

「――すみません、父さん。ちょっと出かけてきます!」

「あ、おいっ……鬼太郎!」



 いきなりすくりと立ち上がって駆け下りていく尋常ではない様子の息子に、目玉の親父が声をかけるも、鬼太郎には既に届いてはいなかった。
 息子は「ちょっと出かけてくる」と言ったということは、きっと彼一人で大丈夫だということだろう。
 目玉の親父は息子が無事に帰ってくるのを、待つことにしたのだった。





 鬼太郎は駆けていた。
 ただいつもより若干そのスピードは遅い。それは地面を覆う雪のせいだ。剥きだしの足を乗せた下駄に、うまくバランスを取りながら走る。
 ――さっき。
 確かに妖気を感じた。それはごく弱いものだったのでいつもなら見逃す程度であっただろう。
 だけど。


 ……ネコ娘の妖気も感じた?


 僅かだが彼女の妖気も混じって感じたのだ。
 もしそれが本当にネコ娘のものだとすれば、彼女は今この森にいるのだろうか。
 ネコ娘の力はちゃんとわかっている。信じているのはもちろんだが――彼女が危険なのだとわかれば、自分は迷わずにかけつける。僕にとってはあたり前のことだった。
 それが例え彼女に嫌われようとも。喧嘩をしている時にでも。


「っ……ネコ娘!」





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