temporarily love




 幼い頃、どこから手に入れたか忘れてしまったけれど、人間達の子どもが読む童話の本を読んだことがあった。
 日本の昔話に、外国のお話。いろんなお話。どれもとても面白くて。だけど。
 あたしが何よりも惹かれたのは恋の物語だった。

 その中でも一番大好きで、何度も何度も読み返していたのが、“シンデレラ”だ。

 シンデレラは魔法をかけてもらって舞踏会へ行った。そして彼女は王子様に恋をしてしまったのだ。
 彼女はそこで夢のような一夜を過ごすのだけど、それは永遠へと続いていく始まりだったのだ。


 きっと彼女は、シンデレラは思ったはず。
 一夜でもいい。たった一時の恋でも、と。





 ――きっと。
 きっと。
 あたしもそう思うわ。










 それはほんとに偶然のことだった。
 秋の終わり、冬の入り口が近づいた頃。鬼太郎が珍しく体調を崩した。といっても軽い風邪で――妖怪は滅多に病気にはかからないからそれほど心配はいらなかった。けれども、用心の為にと砂かけ婆に薬を貰いに行ったのが、本当にすべての始まりだった。


「砂かけ、いるかい?」

「お婆あー」


 妖怪長屋に鬼太郎と、一緒にいたネコ娘は顔を出した。頼みの砂かけ婆の名前を何度か呼んでみるも返事はなく、どうやら留守のようだ。
 鬼太郎とネコ娘は顔を見合せた。



「……いないみたいだね」

「そうね。でも薬がある場所はだいたいわかるから、貰っていっちゃっていいんじゃないかな?」



 後で一言言えば大丈夫だろうと、二人は薬を頂いていくことにした。ネコ娘の案内で、薬品が置かれている部屋へと向かうと、鬼太郎とネコ娘は風邪薬を探しはじめた。
 何やら怪しい色の液体やら、コボコボと煮えくる何かよくわからないものが見え隠れする中、鬼太郎は見つけた。



「これかな」

「うん。まわりの怪しいのと違って、いたって普通な感じだもんね。きっとこれじゃないかしら」



 小さい透明な瓶の中に見える白いものは、確かに普通の薬に見える。
 ネコ娘が鬼太郎の為にコップに水をいれてきてあげると、鬼太郎は「ありがとう」と彼女に言って2錠を飲みほした。



「………」

「……きたろー?」



 飲んだ後、ふうっと息をついた鬼太郎だったが、それ以降、彼はほんの少し傾いて唇を開かない。
 それを怪しく思ったネコ娘が、ゆっくりと名前を呼びながら、鬼太郎の傾いた顔を覗き込もうとしたのだが―――。



「……ネコ娘」

「え?って、ひゃっ?!」



 いきなり、鬼太郎は彼女の細い腕をとると、そのまま自身の胸へと抱き込んだのだった。
 ネコ娘は何が起こったのかわからない。

 ただただ。
 その状況に頬に熱が集まっていくのを、鬼太郎の腕の中で感じることしか出来なかった。







「それは惚れ薬じゃ」

「にゃあああ?!」



 妖怪長屋の前にネコ娘の絶叫の声が響いた。
 あの後。あれから帰ってきたお婆に、ゲゲゲハウスに残っていた目玉の親父、さらにはよく見知った妖怪横丁の仲間が、わらわらと集まってきた。



「お主らが見つけて――鬼太郎が飲んだ薬は、儂がとっておいた惚れ薬じゃ――そうか、あれを飲んでしまったのか……」



 どうしてお婆がそんなものを……とここに佇む誰もが思った。けれど、今はそれはどうでもいい。
 問題は。



「それで砂かけ。鬼太郎は戻るのかのう?」

「おお、目玉の親父殿――3日のうちには戻るじゃろうて、特にこれといった害はないであろう」

「あ、あ、あるわよ!」



 それまで黙(だんま)りだったネコ娘が咄嗟に口を開いた。その彼女の顔はずっと真っ赤だった。



「何か困ることでもあるのか、ネコ娘」

「あるにきまってるでしょ、お婆! だって、き、き、鬼太郎が………あ、あたし」



 ネコ娘は頬を赤らめつつも何故か今にも泣きだしそうな瞳で、そおっと自分の背後に佇む鬼太郎を見た。
 その鬼太郎はただ立っているのではない。彼はネコ娘の背後から腕を回して、彼女の鎖骨あたりに絡ましている。
 鬼太郎はネコ娘と視線があうと、にこりと微笑みかけた。
 とたん、ネコ娘の頬はかああっ、とさらに紅く色づく。

 目玉の親父は砂かけ婆の肩の上から、そんな息子と幼なじみの様子を見ながら、申し訳なさそうに口を開いた。



「ネコ娘や。すまんが薬の効果がきれるまで、鬼太郎につきあってやってはくれんかのう」

「それは……もちろん、全然構わないけど……」

「いいんじゃねえのか。ネコ娘は鬼太郎が好きなんだろ? なら、なんも問題はねーじゃんか」

「馬鹿だねえ あんたは。だから問題が大ありなんじゃないかい」

「……はあ? 意味わかんねえぞ、アマビエ」

「かわうそはまだまだ子どもってことかしらね」

「何だよ、ろくろ首まで……ちぇっ」



 女心は同じ女にしかわからないもの。
 ふてくされるようにソッポを向いてしまったかわうそに、アマビエとろくろ首は可笑しそうに笑った。










 ネコ娘はどうしたものかと困っていた。
 鬼太郎の薬の効果がきれるまで2、3日。たったそれだけの短い時間なのだが、ネコ娘にはとても長いものに感じていた。――というのも惚れ薬を飲んでしまった鬼太郎の、自分に対する態度が原因だ。



「……き、鬼太郎……?」

「なんだい? ネコ娘」

「あの、ね。もうちょっと、離れてほしいなあ、なんて」

「どうして。ネコ娘は僕のことが、嫌い?」

「そんなこと……!」

「なら、いいじゃないか」

「………っ」



 そう言って鬼太郎は、自身の膝の上に向かいあわせになるように座らせたネコ娘の首元に顔を伏せる。それだけで彼女の心臓は痛いくらいに高鳴ってしまう。
 亜麻色の鬼太郎の髪が時折、頬を撫でる。彼がほんの少し息をつくだけで、ぞくりと身体に何かがはしって。鬼太郎の低い体温すら心地よい。

 どうすることも出来ない状況のなか、ネコ娘は今更ながらに安堵する。
 彼の父親である目玉の父親は、ネコ娘の心境を汲んで、家をあけてくれた。
 こんな格好を見られていたら、それこそ恥ずかしすぎて泣いてしまったかもしれない。



「ネコ娘、好きだよ」

「……あ」



 鬼太郎が、鎖骨あたりに顔を伏せたまま囁く。
 少しぐぐもった声だけど、それはあたたくて、あまい声。
 もうずっとこうだ。
 鬼太郎は同じ言葉を自分にくれる。


 好きだよ。
 離れたくないんだ。
 こうしてたい。


 惚れ薬とは人の心をこうも変えてしまうのか。
 鬼太郎の唇から飛びだす言葉や態度に、ネコ娘は改めてそう思わずにはいられなかった。
 だって鬼太郎はあたしのことなんてなんとも思ってはいないのに――こんな言葉が彼の口から飛びでる。
 すべて偽りなのに。
 それなのに。



「君は可愛いよね、いつも僕はそう思ってるんだよ」



 なんて魅力的なもの。
 鬼太郎に、こんな嬉しいことを言ってもらえるなんて。

 ずっとずっと。

 鬼太郎に一度でいいから言ってほしいと願ったもの。それが、今聞けている。
 それがどうしようもないくらい幸せで――。



「きたろー……」

「うん?」

「あたしもね……ずっと……鬼太郎のこと……」



 ネコ娘がおもわず伝えてしまいそうになった、ちょうどその時だった。



 何か強い、それも良いものとは言い難い妖気を感じて、ピクリと彼女の身体が反応する。けれども鬼太郎を見ても、彼は特に変わらない。


 ……薬のせいでわからないの、鬼太郎?


 ネコ娘は鬼太郎に向かって言葉をかけた。



「ねえ、鬼太郎―――今、何かよくないものを感じたわ。ね、早く行かなきゃ――」

「放っておけばいいじゃないか、そんなもの」

「……え?」



 ネコ娘は耳を疑った、と同時に気がつけば、自身の背中は冷たい床についていた。




「鬼太郎……?」

「放っておきなよ、ネコ娘。せっかくこうして、君といられるのに」



 頭や背中にひんやりとした固い感触。目の前には鬼太郎の顔と、このゲゲゲハウスの天井が見える。
 つまりは、ネコ娘は鬼太郎に組み敷かれていた。
 その自分の上にいる鬼太郎の口から出る言葉は、普段の彼からは考えもできないものだ。
 ネコ娘は恐る恐る鬼太郎を見つめながら、唇を開いた。



「そんなこと、できないよ鬼太郎……鬼太郎だって、そんなこと言わないじゃない」

「確かにそうだね。けれど、僕は言わないだけで、もしかするといつも心の中ではそう思っているかもしれないよ」



 ネコ娘はふるふると頭を振る。
 そんなネコ娘に鬼太郎は、ふっと微笑むと、自分の顔を彼女に寄せる。床についていた手も彼女の頬へ。



「優しいね、君は本当に。だから僕は君が愛しいんだ」

「やんっ――」

「好きだよ、ネコ娘。人間を助ける為に君が傷つく必要なんてない。僕とずっとこうしていよう」



 ゆっくりとゆっくりと縮められる間。鬼太郎のさらさらと零れる髪がくすぐったい。優しげな瞳に何も考えられなくなる。
 このまま。このまま例え嘘でもいいから、鬼太郎にもっと自分だけを見つめていてほしい。



 ―――だけど! やっぱり違うわ、こんなの!



 ネコ娘は、残っている限りの力で、ぐっと鬼太郎の胸板を押し返した。



「……ネコ娘?」

「あ、あたし……鬼太郎が好き……好きよ。でも、こんな鬼太郎は、あたし好きじゃないっ。あたしが好きな鬼太郎は―――」



 いつもぐうたらで、ほとんど寝ていて。
 恋愛映画に誘ってもノリは悪いし、挙げ句の果てに寝てしまってて。
 ちょっと言葉は悪いけど、すごくファザコンだし。
 綺麗で可愛い女の子には弱くて、すぐにデレデレするし。


 だけど。



「人間の為に、誰か困っている人の為に、守ろうとしている鬼太郎が、あたしは好きなの」



 今、自分の目の前にいる鬼太郎は、本当の彼じゃない。
 あたしバカだ……たった一時のまやかしの幸せでもいい、なんて思ってしまった。
 今の鬼太郎は、あたしが好きな鬼太郎じゃないのに。



「鬼太郎、退いて」



 退いてほしいの、とネコ娘が紡ぐよりも先に、ずっと黙ったままだった鬼太郎が動いた。
 とたん、ネコ娘の背中がほんのちょっと、床から浮く。
 鬼太郎は一度だけ、片手で彼女を軽く抱きしめた。



「き、鬼太郎……あたし、あのっ」

「………やっぱり僕は、君が好きみたいだ」



 それだけを小さな声で呟いて、鬼太郎はゆっくりと身体を起こす。そして一緒にネコ娘の身体を優しく起こした。
 ネコ娘は鬼太郎を、不思議そうに見つめる。



「鬼太郎?」

「――――行ってくるよ。君は待ってて」

「え? それって………鬼太郎、もしかして」

「うん。元に戻ったみたいだ」

「にゃっ?!」



 いつ。
 ネコ娘は真っ赤な顔で、鬼太郎にそう尋ねようとしたが、それよりも先に鬼太郎がすくりと立ち上る。
 鬼太郎は混乱したように頬を赤くしながら、自分を見上げるネコ娘に苦笑すると、「すぐに戻ってくるよ」とだけ残して、ゲゲゲハウスを後にした。








「……鬼太郎ったら、いったいいつ元に戻ったのよう……」



 何とも情けないネコ娘の声が、ゲゲゲハウス内に零れた。






 シンデレラのようなあまい時間は突然終わりを告げた。
 きっと自分はシンデレラとは違い、明日からまた以前と変わらぬ日々を過ごすのだろう。

 シンデレラは永遠へと続く幸せを手に入れた。
 けれど、ネコ娘は――。



 いつの日か。
 少女の恋が永遠とかわる日が来るかどうか。


 それがわかるのは、もう少し先の未来。



    - f i n. -


 二葉様。
 相互して頂いたうえ、素敵イラストをありがとうございました! 私からはこのようなキタネコではございますが、小説を贈らせて頂きますっ(*´∀`*)
 あまあまキタネコを目指した…つもりですが、高山君の偽物か?みたいになりました(笑)
 書いていてとても楽しかったです! あまあまに火がついたぜ……!
 それでは。
 これから末永くよろしくお願い致します〜!!










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